医療保険のコスト効率を考える
入院保障に対して医療保険のコストは見合っているのか、アクチュアリーの視点から解説します。
コスト効率を計算する重要性
医療保険は不要だと言われますが、実際に死亡保険と比べると必要性が高い人は相対的に少ないと考えられます。公的健康保険制度があるために医療費の自己負担額は小さく、自分自身の貯蓄で対応できる可能性が高いためです。しかし、リスク移転にかかるコストが小さければ保険を活用したい人も多いのではないでしょうか。
どのくらいのコストなら許容できるかは人によって異なります。リスク回避的な人は大きなコストをかけてでもリスク移転するでしょうし、リスク中立的な人はわずかなコストも許容できないと思われます。
保険料には保険会社の運営費用や利益が含まれていますが、保険料が高くなりすぎないような工夫も各社行っています。入院リスクを保険で移転する場合に、どのくらいのコストがかかるか検証してみましょう。
この記事では、付加保険料や保険会社の利益源である安全割増を除いた純保険料を計算し、それを実際に販売されている保険商品の営業保険料と比較します。それにより、みなさまが支払う保険料のうちどのくらいの割合が保険会社の運営費用や利益となり、どのくらいの割合が入院給付金の支払いの使われるかの目安を把握することができます。
医療保険の純保険料を計算する
今回は30歳男性、保険期間を終身とした場合を例に、医療保険の主契約部分(入院日額給付)のコスト効率を検証します。当サイトで用意している純保険料計算ツールを使えば、任意の年齢・性別・保険期間で検証できますので、ぜひご活用ください。
計算前提
- 加入年齢: 30歳
- 性別: 男性
- 入院給付金日額:1万円
- 保険期間:終身
- 入院上限日数:60日
- 入院通算期間:60日
- 予定死亡率:生保標準生命表2018から安全割増を除いた当サイトオリジナルの死亡率表
- 予定入院発生率:患者調査から算出した当サイトオリジナルの入院発生率
- 予定平均入院日数:患者調査から算出した当サイトオリジナルの平均入院日数
- 予定利率:2%
- 予定解約率:0%
なお、保険料収入は「年度の始め」に、保険金支払は「年度の真ん中」に発生すると仮定します。
生保標準生命表とは?
保険会社は、将来の保険金支払を確実に履行するために法令に基づいて積立金の積み立てを行っています。この計算に用いる死亡率が生保標準生命表です。契約者保護の目的から、保守的な死亡率設定となっており、最大で30%の安全割増が含まれています。
検証結果
| 会社名 | 年間保険料 |
|---|---|
| 本サイト試算 | \( 14,730\text{円} \) |
| 2社平均 | \( 14,880\text{円} \) |
| なないろ生命 | \( 15,360\text{円} \) |
| メットライフ生命 | \( 14,400\text{円} \) |
各保険会社の保険料は、月払営業保険料を12倍した金額です。2社はいずれも入院上限日数60日・入院通算期間60日です。
本サイトで試算した純保険料は14,730円であり、2社平均の営業保険料(14,880円)の99%となりました。つまり、死亡率や入院発生率・運用利回りなどが保険会社の想定通りとなった場合には、支払った保険料のほとんどが将来の給付金支払いの原資になると考えることができます。
営業保険料の99%を支払ってしまったら、保険会社は運営費用の分だけ赤字になってしまいます。なぜこのような試算結果になったのでしょうか?
純保険料が高く試算された理由
純保険料が営業保険料に対して高く試算された理由は2つあります。
危険選択
患者調査は国民全体の集団に対する統計数値です。一般に、保険に加入する際には健康状態の確認を行い、健康状態に問題がない方だけが保険に加入できるようになっています。そのため、被保険者集団は国民全体の集団よりも健康で入院発生率も低い水準にあると考えられます。
生保標準生命表の作成過程では、被保険者集団の死亡率がどれくらい国民全体の集団より死亡率が低いかを定量的に示しています。この数値(選択効果)を参考に、この試算で使用した予定入院発生率は低く見積もりました。しかし、この調整が不十分な可能性があります。すなわち、医療保険に加入する人は、死亡保険以上に選択効果が強く働く可能性があるということです。
しかし、わたくしの個人的な見解としては、この効果よりも次に述べる2つ目の理由のほうが影響として大きいと考えています。
無解約返戻型
民間医療保険は、解約時に支払われる解約返戻金をゼロとすることで保険料を安くする工夫が行われていることがあります。今回比較に用いた医療保険はまさにこの無解約返戻型商品です。
一方で、純保険料の計算は解約を織り込んでいません。この前提の違いにより、純保険料は営業保険料に対して高く試算された可能性が高いと考えられます。
| 予定解約率 | 年間保険料 |
|---|---|
| 0% | \( 14,730\text{円} \) |
| 1% | \( 12,090\text{円} \) |
| 2% | \( 9,974\text{円} \) |
| 3% | \( 8,312\text{円} \) |
この表は、予定解約率別の純保険料を示しています。終身医療保険は、貯蓄型商品ほどではないものの、入院発生が高齢に集中しており、契約期間中の積立金は非常に大きくなります。この積立金が解約によりすべて没収され、契約を継続した被保険者の給付に充てられるため、保険料は劇的に安くなります。
仮に保険会社が2%の解約率を見込み、その想定通りの解約率となった場合には、保険会社の経費と利益の割合は約33%まで増えます。生命保険協会が公表している「2025年度版 生命保険の動向」によると個人保険の解約失効率は5.6%であり、実際の解約率は2%より大きい可能性もあります。
生命保険の一般書籍では医療保険は不要と書かれていることも多いですが、無解約返戻型商品とすることで保険料を安くする工夫を行っており、解約をしない前提であればわずかなコストで入院リスクを移転できます。リスク対応の一つとして、十分に合理性があると考えます。
もちろん、「解約をしない前提」が将来の社会保険制度の改正・医療技術の発展・物価上昇等の外部要因または家族構成の変化や経済状況の変化などの内部要因を考えたときに、どのくらい現実的な前提かは議論の余地があります。前提に無理があると考える方は、医療保険に加入せず貯蓄でリスク対応をするのが合理的かもしれません。
まとめ
- 解約しない前提であれば、支払った保険料のほとんどが給付金に使用されるため、リスク移転のコスト効率は高い
- しかし、「解約しない前提」がどれだけ妥当か議論の余地がある
リスク移転にかかるコストと、日本の終身医療保険特有の商品設計を理解した上で、保険加入の是非をご検討ください。
参考文献
- なないろ生命 メディカル礎(参照日:2026年3月29日)
- メットライフ生命 My Flexi(参照日:2026年3月29日)
