【アクチュアリーが解説】効用関数でわかる保険の合理性|人によって必要な保障が異なる理由

     

効用関数でわかる保険の合理性|人によって必要な保障が異なる理由

効用関数で考える、あなたに本当に必要な保険とは

私たちは日常生活の中で、さまざまな選択をしています。 どの商品を買うか、どのサービスを利用するか、あるいは保険に加入するかどうか。 こうした選択は、単に価格だけで決まるわけではありません。

同じお金を支払う場合でも、人によって「そのお金で得られる安心や満足」の感じ方は異なります。 さらに、将来の出来事には不確実性がつきものです。万が一の損失を不安に感じる人もいれば、あまり気にしない人もいます。

このように「人がどの選択を好むのか」「不確実な出来事をどう受け止めるのか」を整理して考えるために使われるのが、効用関数という考え方です。 効用関数を用いると、保険料を払って安心を得ることと、保険に入らずリスクを抱えることを比べて、合理的に判断することができます。

この記事では、効用関数を通じて「なぜ人によって必要な保険が異なるのか」を解説し、あわせて保障性商品を選ぶ際のポイントも紹介します。

効用関数とは?

効用関数とは、「人がどの選択をどのくらい好むか」を数字で測る尺度です。 「効用=満足感・安心感・価値」と考えるとイメージしやすいでしょう。

私たちは日常の買い物やサービス選びで「これを選んだ方が得だ」「あっちの方が満足できる」と直感的に判断しています。効用関数は、その直感的な「うれしさ」や「安心感」を数学的に整理し、比べられるようにしたものです。

たとえば、果物を選ぶ場面を考えてみます。

  • りんご1個を食べたときの効用を 10
  • みかん3個を食べたときの効用を 12

と数値化できれば、「その人にとっては、みかん3個の方がりんご1個より満足度が高い」と評価できます。

ここで重要なのは、効用の数字は「客観的な価値」ではなく、その人にとっての主観的な価値だということです。りんごを好む人なら、同じ場面でも数字は逆になるでしょう。

保険に加入するかどうかも、効用関数で説明できます。

  • 保険に入る → 「お金は減るけど、不安が減り安心が増える」
  • 保険に入らない → 「お金は減らないけど、大きなリスクを抱える不安が残る」

人はこの2つを比べ、「どちらの効用が大きいか」で判断しています。

リスク回避的な個人の効用関数

多くの人は「同じ金額を得られるなら、確実に手に入る方」がうれしいと感じます。たとえ平均的には同じ金額になるとしても、「運が良ければ得をするけれど、悪ければ損をする」という不確実さを嫌うのです。このような考え方を リスク回避的 と呼びます。

損失が起こる確率を \(p\) とすると、リスク回避的な人では次の関係が成り立ちます:

\( u(y) > p \times u(y_1) + (1-p) \times u(y_2) \)

ここで、左辺は「確実に所得 \(y\) を得たときの効用」、右辺は「不確実な所得 \(y_1, y_2\) の期待効用」です。

これは、所得の平均額が同じであっても、「確実に手に入るお金(左辺)」の方が、「不確実な結果の期待効用(右辺)」よりも高く評価されることを意味しています。

このとき、保険料 \( \pi \) を払えば損失を避けられるとします。その場合、次の条件が成り立つ限り、保険に加入することが合理的です:

\( u(y – \pi) > p \times u(y_1) + (1-p) \times u(y_2) \)

大切なのは、保険料を払うことで「確実に得られる安心(左辺の効用)」が、「不確実な結果を抱えたままの効用(右辺)」を上回るという点です。たしかに保険料を支払うことで平均的な所得は減りますが、それ以上に「安心感」という効用が増えるため、この場合は保険に入る方が合理的といえます。

所得の平均が同じであっても、ばらつきが小さいほど効用は高く、ばらつきが大きいほど効用は低くなります。したがって、保険契約者が「払ってもよい」と考える保険料の上限は、所得のばらつきをどれだけ減らせるかによって決まります。大きなリスクを減らせる保険ほど、高い保険料でも受け入れられるのです。

リスク回避の手段としての保険の合理性

 

具体例として、「所得が100円になる確率が90%、0円になる確率が10%」という状況を考えてみましょう。 このとき、所得の期待値は \(100 \times 0.9 + 0 \times 0.1 = 90\) 円となります。

効用関数を \(u(y) = \sqrt{y}\) とすると、所得100円の効用は10、所得0円の効用は0です。 したがって、この状況での期待効用は \(10 \times 0.9 + 0 \times 0.1 = 9\) となります。

では、期待効用9に対応する「確実に得られるお金はいくらか」を考えてみましょう。 \( \sqrt{y} = 9 \) を解くと \(y = 81\) となります。 これはつまり、この人にとって、「不確実に平均90円を得られる状況」と「確実に81円を得られる状況」が同じくらい満足できる、ということです。

ここで、「所得が0円のときに100円を補填してくれる保険」があるとします。 この保険に加入すると、所得は確実に100円になります。 すると、先ほどの81円との差額、19円 (=100−81)までなら、この人は加入した方が合理的と考えられます。

この例からわかるのは、期待値だけで考えると保険料が高く感じられても、 リスク回避的な人にとっては「不確実さを避けて安心できること」に価値があるため、期待値より高い保険料でも加入が合理的になる、ということです。

具体例で考える:死亡保険

仮に「保険金額1,000万円の死亡保険」が「保険料1万円」で販売されているとしましょう。

また、あなたが今年中に亡くなる確率(死亡率)が0.1%だとします。

このとき、受け取れる保険金の期待値は 0.1% × 1,000万円 = 1万円 となり、支払う保険料と同額です。

この条件なら「多くの人が加入するだろう」と考えられます。

ただし、現実にはこの条件で保険が売られることはありません。 保険会社が事業を運営するには、経費(保険料の約30%)と、偶然の変動に備える余裕(保険料の約20%)が必要だからです。

したがって、実際に同じ保障を得るには、約2万円の保険料が必要になります。

この条件だと「払う保険料(2万円)は、期待値(1万円)より高い」ため、単純な計算では損に見えます。

しかし、万が一の場合に家族が受けるダメージは大きいため、多くの人は2万円を払ってでも加入したいと考えます。

具体例で考える:医療保険

仮に「入院一時金10万円の医療保険」が「保険料2万円」で販売されているとしましょう。

また、あなたが入院する確率が10%だとします。

このとき、受け取れる保険金の期待値は 10% × 10万円 = 1万円 となり、支払う保険料2万円より低くなります。

死亡保険と同じく、「保険料(2万円) > 期待値(1万円)」です。

しかし、多くの人は「この医療保険は不要」と感じます。なぜなら、入院による10万円程度の支出は生活に与える影響が小さいからです。

このように、死亡保険と医療保険を比較した場合、死亡による所得減少のインパクトは極めて大きいため、死亡保険の方が所得のばらつきを大きく減らせます。

その結果、同じ「保険料 > 期待値」の条件でも、多くの人は

  • 死亡保険は加入する
  • 医療保険は加入しない

と判断することが多いのです。

判断の違いはなぜ生まれる?

人によって考え方はさまざまです。

  • 期待値より高いならどの保険も入らない
  • 安心料として、死亡保険も医療保険も入る
  • 死亡保険は入るが、医療保険はいらない

この違いを説明できるのが効用関数です。

リスク回避的な個人

将来の不確実性をできるだけ小さくしたい。多少高い保険料を払っても安心を得たい。

→ 医療保険も含め、幅広く加入する。

リスク中立的な個人

「平均的に得か損か」で判断するタイプ。期待値より高い保険料なら入らない。

→ 保険料 < 給付とならない限り、死亡保険も医療保険も加入しない。

効用関数の形状はその人の置かれている状況(所得・資産状況・年齢・家族構成)や価値観によって異なり、それが保険に対する向き合い方に影響します。

  • 死亡保険・医療保険の両方に入る人
  • 死亡保険だけ入る人
  • どちらにも入らない人

これらの判断の違いは、その人のリスクに対する考え方によるものであり、すべて合理的な判断です。

必要な保障は人によって異なる

ここで最も強調したいことは、他人の意見を鵜呑みにしないことです。

ある人が「その保険は不要」と言っていても、あなたにとっては必要かもしれませんし、その逆もありえます。必要な保険の種類や金額は、最終的にあなた自身が考え、自分の状況に即して答えを出す必要があります。

万が一のときに必要なお金を計算しよう

保険は、一定のコストを支払って将来の大きなリスクを外部に移転する仕組みです。しかし、そのコストは決して安くはありません。だからこそ、「自分や家族に万が一のことが起きたとき、最低限どのくらいのお金が必要か」を考え、そのうちどの程度を保険で備えるかを検討することが大切です。

ポイント1:必要なお金は“最低限”から考える

残された家族や、病気・ケガを負った自分自身がまったく困らず現在と同じ生活を維持するのは現実的に難しいでしょう。なぜなら、万が一の損失額は想像以上に大きいからです。

そのため、「多少は不便を感じるが、生活の基本は維持できる」というラインを目安に必要保障額を見積もることをおすすめします。

ポイント2:すべてを保険で備えようとしない

必要な金額をすべて保険でまかなうと、保険料が高額になり非効率です。生活費の一部は貯蓄や資産運用でカバーするのが現実的です。

保険はあくまで“万が一に備えるための手段のひとつ”であり、他の方法で十分備えられているなら、それで問題ありません。

必要な保障は環境によって異なる

必要な保障は、あなたが置かれている環境によっても大きく変わります。

  • 家族構成:配偶者や子どもがいれば、遺族の生活を支えるために手厚い死亡保障が必要になるかもしれません。一方、独身であれば、ご両親が葬儀費用などで困らない程度の数百万円の保障で十分なケースもあります。
  • 経済状況:所得や貯蓄が多い人は、自助努力である程度のリスクをカバーできます。逆に、貯蓄が少ない人ほど保険による補完が重要になります。
  • 将来の変化:若いうちは結婚や出産などライフイベントで必要な保障額が変わりやすいため、長期契約は慎重に考えるべきです。反対に、子どもの数や将来の収入の見通しが立ちやすい中年期以降であれば、長期契約を選んでも合理的でしょう。

まとめ

  • 保険の必要性は「人によって違う」し、「環境によっても違う」。
  • まずは「最低限必要なお金」を見積もり、その一部を保険でカバーする考え方が現実的。
  • 保険はあくまで一手段であり、貯蓄や資産運用と組み合わせることが大切。
  • ライフステージの変化に応じて、定期的に保障内容を見直すことが重要。

保険を考えるときは「必要な金額」と「自分の環境」を整理したうえで、無理のない範囲で備えることが大切です。