安全割増から読み解く生命保険会社の利益構造
利差益・死差益・費差益に分解して保険会社の利益を把握する。
前回の記事では、みなさまが支払っている保険料が 純保険料(将来の保険金の支払いに備える部分) と 付加保険料(会社の運営に必要な費用) の2つから構成されていることをご説明しました。
では、その保険料の中から、保険会社はどのようにして利益を得ているのでしょうか。
本記事では、保険料の仕組みをもう一歩掘り下げて、「保険会社の利益はどこから生まれるのか」を、できるだけ平易に、そしてアクチュアリーらしい専門的な視点も交えながら解説していきます。
純保険料は「原価」ではない
前回の記事でご説明したとおり、みなさんが支払っている営業保険料は、 純保険料(将来の保険金や給付金のための部分)と 付加保険料(会社の運営に必要な費用)に分かれています。
このうち純保険料は「将来の保険金の支払いにあてる部分」とよく説明されるため、 「生命保険の原価」と誤解されがちです。しかし実際にはそうではありません。 保険会社は純保険料も付加保険料も、ぴったり必要な分だけを見積もるのではなく、 少し余裕を持たせて安全割増(セーフティ・マージン)を加えて設定します。
- 想定通りに死亡率や事業費が推移すれば、その余裕=安全割増が利益になります
- 想定を上回る死亡・費用が発生すれば、この余裕が吸収されて利益は減少し、場合によっては赤字になります
つまり、純保険料も付加保険料も「ピッタリの見積もり」ではなく、安全マージン込みで設計されているのです。
保険料に対して明示的に利益が上乗せされない理由
日本の生命保険では、保険料に「会社の利益分」を明示的に上乗せすることはありません。 では、なぜそのような仕組みになっているのでしょうか。
その背景には、国内大手の多くが相互会社という特殊な会社形態をとっていることがあります。 相互会社は株式会社と異なり、株主に利益を配当することを目的とせず、 契約者が会社の運営に参加する「契約者のための会社」という特徴があります。 そのため「利益を確保して株主に分配する」という仕組みが基本的に存在しないのです。
一方、海外では株式会社形態の生命保険会社が一般的で、 株主への配当を前提に「利益分」を保険料に明示的に含める国もあります。
日本ではその代わりに、保険料の中に安全割増(セーフティ・マージン)を織り込み、 予定よりも有利に推移した場合にはその部分が利益となる、という文化が根付いています。 言い換えれば、日本の生命保険では「明示的に利益を上乗せする」のではなく、 「安全マージンを通じて間接的に利益を確保する」仕組みなのです。
保険会社の利益の計算例
ここでは、前回の記事でも登場した「1年定期保険」を例に、保険会社の利益がどのように生じるのかを具体的に計算してみます。 まず文章で直感的に整理すると、保険会社は「契約者から受け取る保険料」という収入をもとに、 「将来の保険金」や「会社を運営するための費用」をまかないます。 予定より死亡率が低ければ保険金支払いは減り、予定より費用が少なければ会社に余裕が残ります。 その余裕こそが利益となり、逆に予定より不利に推移すると赤字になるのです。
計算前提
まず、利益計算に必要な前提条件を整理します。例として以下を用います。
- 保険金額:\(S\)
- 保険料は年払いで契約時に受領する
- 死亡保険金は1年の終わりに支払われる
- 事業費は契約時に発生
- 予定死亡率:\(q_x\)
- 実際の死亡率:\(q’_x\)
- 予定利率:\(i\)
- 実際の運用利回り:\(i’\)
- 予定事業費:\(E\)
- 実際の事業費:\(e\)
収入
契約時に受け取る営業保険料(\(\pi\))は、純保険料と予定事業費の合計で表されます。
\[\pi = P + E\]
ここで、純保険料 \(P\) は次のように表されます。
\[P = S \cdot \frac{q_x}{1+i}\]
支出
保険会社の支出は以下の通りです。
- 保険金:\(S \cdot q’_x\)
- 事業費:\(e\)
利益
営業保険料から保険金や事業費を差し引き、さらに実際の運用利回りを考慮したうえで、 保険会社がどのように利益を得るのかを数式で示します。以下では段階的に変形していきます。
\[\text{利益} = \pi (1+i’) – S \cdot q’_x – e(1+i’)\]
まず、予定運用益 \(\pi \cdot i\) を加えて整理します。
\[ \begin{aligned} \text{利益} &= \pi(1+i’) + \pi i – \pi i – S \cdot q’_x – e(1+i’) \\ &= \pi(i’-i) + \pi(1+i) – S \cdot q’_x – e(1+i’) \end{aligned} \]
次に、営業保険料 \(\pi\) を純保険料 \(P\) と付加保険料 \(E\) に分解します。
さらに、純保険料 \(P = \dfrac{S \cdot q_x}{1+i}\) を代入します。
よって最終的に、保険会社の利益は次のように表されます。
\[\text{利益} = \pi (i’ – i) + S (q_x – q’_x) + (E – e)(1+i’)\]
利差益・死差益・費差益
最終式は3つの主要な要素に分解して解釈することができます。
- \(\pi (i’-i)\):利差益(予定利率と実際の運用利回りの差から生じる損益)
- \(S (q_x-q’_x)\):死差益(予定死亡率と実際の死亡率の差から生じる損益)
- \((E-e)(1+i’)\):費差益(予定事業費と実際の事業費の差から生じる損益)
このように、保険会社の利益は「利差益」「死差益」「費差益」という3つの要素に分けて把握されます。 アクチュアリーはこれらを詳細に分析し、収益の源泉を評価しているのです。
まとめ
- 営業保険料は「純保険料(将来の保険金の支払いに備える部分)」と「付加保険料(会社運営に必要な費用)」に分かれている。
- 純保険料は「原価」ではなく、安全割増(セーフティ・マージン)を含めて設定されており、この余裕が利益の源泉となる。
- 保険会社の利益は、利差益(予定利率と運用利回りの差)、死差益(予定死亡率と実際死亡率の差)、費差益(予定事業費と実際費用の差)の3つの要素に分けて把握できる。
- 日本の生命保険では、保険料に明示的に利益を上乗せするのではなく、予定より有利に推移した場合に間接的に利益が発生する仕組みとなっている。
保険料の構造や利益の仕組みを理解し、どのように会社が運営されているかを把握することが、保険の選び方や評価の第一歩となります。
