【アクチュアリーが解説】事業費

     

割引現在価値

現時点の100万円と30年後の100万円の価値は異なり、保険料は運用を考慮して計算されます。

事業費とは生命保険を運営するための費用

生命保険は「万一のときに保険金が支払われる仕組み」です。しかし、保険制度を長期間にわたって安定的に運営するためには、保険金の支払い以外にも、さまざまな費用が発生します。

生命保険契約は10年、20年、あるいはそれ以上続きます。その間、保険会社は契約を管理し、保険料を受け取り、必要に応じて給付や問い合わせ対応を行う必要があります。こうした「保険制度を運営するために必要な費用」をまとめて事業費と呼びます。

事業費の主な内訳

生命保険は、契約者から保険料を前もって受け取り、将来にわたって保険金を支払う契約です。そのため、事業費の実態を把握し、保険料に上乗せすることが、保険事業を長期間にわたって安定的に行うのに不可欠です。

事業費を把握する方法として様々なものが考えられますが、契約時にかかるコスト(新契約費)、保険料の収納にかかるコスト(集金費)、保険契約の維持にかかるコスト(維持費)の3つに分けて分析を行うのが一般的です。

新契約費

生命保険は、仕組みが複雑な商品です。したがって、商品開発の段階で、保険料や給付内容の設計、システム開発や事務体制の構築、といった準備が必要となります。 さらに、一般の方に商品を知ってもらうための広告宣伝や、営業職員による販売活動にも大きな費用がかかります。ネット系保険では営業職員を介さない分コストが削減できますが、その代わりに大規模なウェブ広告や比較サイトへの掲載料などが発生します。

集金費

保険料は毎月や毎年といった形で長期間にわたり徴収されます。その際、クレジットカード払いや口座振替では手数料が発生します。また、入金処理に人件費もかかります。国債や投資信託のように一度購入して終わりではなく、継続的な集金体制を維持する必要があります。

維持費

保険契約は長期にわたるため、その間に契約者からの相談対応や住所変更・給付金請求といった事務処理が多数発生します。さらに、保険会社は将来の保険金支払いを確実に履行するために、各種会計数値を毎年正確に計算し、金融庁の厳しい規制に従って報告しなければなりません。

事業費を考慮した場合の収支相等式

前回の記事では、保険料収入の現在価値と保険金支払の現在価値が一致するように保険料を計算することを説明しましたが、その中に事業費が含まれていません。実際に保険商品を販売する場合は、事業費の分を保険料に上乗せする必要があります。

したがって、収支相等式は次のようになります。

\[ \begin{aligned} \text{収入の割引現在価値} &= \text{支出の割引現在価値} \\ \Leftrightarrow \text{保険料の割引現在価値} &= \text{保険金の割引現在価値} + \text{事業費の割引現在価値} \end{aligned} \]

事業費支出を保険料に反映する方法

事業費の実態を把握するとき、事業費を新契約費、集金費、維持費の3つに分けて分析します。保険料計算でも同様に、事業費を新契約費・集金費・維持費の区分に分けて計算し、保険料に反映させます。

新契約費

新契約費は、契約時にかかるコストであり、契約開始時に一括で費用として認識します。保険金額比例で新契約費を設定するのが一般的です。これは、保険金額が大きい契約ほど、診査や手続きが厳格になり、費用が多くかかるためです。また、保険金額が大きいほど、保険という仕組みから受ける恩恵も大きいため、その分、初期コストを多く負担するのが公平だという考え方もあります。

集金費

集金費は、保険料の収納にかかるコストであり、保険料収入のたびに費用として認識します。保険料比例で集金費を設定するのが一般的です。決済額の〇%が手数料となるためです。

維持費

維持費は、契約の維持管理にかかるコストであり、毎期はじめに費用として認識します。維持費も新契約費と同様の考え方で、保険金額比例で設定するのが一般的です。

α-β-γ方式

新契約費・集金費・維持費の3つの要素を使って保険料を決定する方法を「α-β-γ方式」と呼びます。

  • α = 新契約費(保険金額比例)
  • β = 集金費(保険料比例)
  • γ = 維持費(保険金額比例)

この方式はシンプルで分かりやすいため、現在でも多くの商品で採用されています。ただし、件数比例のコストを設定したり、新契約費を保険期間中に分散して徴収したり、運用資産の残高に応じてコストを反映したりするなど、事業者構造の実態に即した修正が加えられることもあります。

保険料の計算例

計算前提

  • 被保険者数: 10万人
  • 死亡者数: 毎年100人
  • 保険金額:1,000万円
  • 保険期間:3年
  • 予定利率:2%
  • 予定事業費
    • 予定新契約費:保険金額の0.2%
    • 予定集金費:保険料の2%
    • 予定新契約費:保険金額の0.01%

なお、保険料と事業費は年初払い、保険金は年度末払いとします。

  
生存者数と死亡者数の推移
年度 生存者数 死亡者数
1 100,000 100
2 99,900 100
3 99,800 100

収入(保険料)の割引現在価値

 
年度 生存者数 保険料現価
1 100,000 \( 100,000 \)
2 99,900 \( 99,900 \times \frac{1}{1.02} \)
3 99,800 \( 99,800 \times \frac{1}{1.02^2} \)

※ 保険料現価は保険料(P) = 1とした場合の係数です。

\[ \begin{aligned} \text{収入の割引現在価値} &= (100,000+99,900 \times \frac{1}{1.02}+99,800 \times \frac{1}{1.02^2}) \times P \\ &= 293,866 \times P \end{aligned} \]

支出の割引現在価値

保険金の割引現在価値

 
年度 死亡者数 保険金現価
1 100 \( 100 \times \frac{1}{1.02}\)
2 100 \( 100 \times \frac{1}{1.02^2}\)
3 100 \( 100 \times \frac{1}{1.02^3}\)

※ 保険金現価は保険金額 = 1とした場合の係数です。

\[ \begin{aligned} \text{保険金の割引現在価値} &= ( 100 \times \frac{1}{1.02}+100 \times \frac{1}{1.02^2}+ 100 \times \frac{1}{1.02^3}) \times 1,000\text{万円} \\ &= 288 \times 1,000\text{万円} \end{aligned} \]

事業費の割引現在価値

 
年度 生存者数 新契約費現価 集金費現価 維持費現価
1 100,000 \( 100,000 \times 0.2\% \) \( 100,000 \times 2\% \) \( 100,000 \times 0.01\% \)
2 99,900 \( 0 \) \( 99,900\times 2\% \times \frac{1}{1.02} \) \( 99,900\times 0.01\% \times \frac{1}{1.02} \)
3 99,800 \( 0 \) \( 99,800\times 2\% \times \frac{1}{1.02^2} \) \( 99,800\times 0.01\% \times \frac{1}{1.02^2} \)

※ 事業費現価は保険料(P) = 1、保険金額 = 1とした場合の係数です。

\[ \begin{aligned} \text{事業費の割引現在価値} &= \text{新契約費現価} + \text{集金費現価} + \text{維持費現価} \\ &= \underbrace{100,000 \times 0.2\% \times 1,000\text{万円}}_{\text{新契約費現価}} \\ &\quad + \underbrace{(100,000+99,900 \times \frac{1}{1.02}+99,800 \times \frac{1}{1.02^2}) \times 2\% \times P}_{\text{集金費現価}} \\ &\quad+ \underbrace{(100,000+99,900 \times \frac{1}{1.02}+99,800 \times \frac{1}{1.02^2}) \times 0.01\% \times 1,000\text{万円}}_{\text{維持費現価}} \\ &= 200 \times 1,000\text{万円} + 293,866 \times 2\% \times P + 29 \times 1,000\text{万円} \end{aligned} \]

以上の計算から支出の割引現在価値は次のようになります。

\[ \begin{aligned} \text{支出の割引現在価値} &= \text{保険金の割引現在価値} + \text{事業費の割引現在価値} \\ &= 288 \times 1,000\text{万円} + 200 \times 1,000\text{万円} + 293,866 \times 2\% \times P + 29 \times 1,000\text{万円} \end{aligned} \]

保険料の計算結果

\[ \begin{aligned} & 293,866 \times P = 288 \times 1,000\text{万円} + 200 \times 1,000\text{万円} + 293,866 \times 2\% \times P + 29 \times 1,000\text{万円} \\ & \Leftrightarrow 293,866 \times (1 – 2\% ) \times P = (288 + 200 + 29) \times 1,000\text{万円} \\ & \Leftrightarrow P = \frac{(288 + 200 + 29) \times 1,000\text{万円}}{293,866 \times (1 – 2\% )} \\ & \Rightarrow P = 18,000 \text{円} \\ \end{aligned} \]

前回(事業費を考慮しない場合)の計算結果は約9,800円でしたので、事業費を見込むことで約8,200円高くなったことがわかります。事業費を下げる経営努力は各社していますが、商品によって保険料の20〜40%を事業費が占めている現状にあります。

保険料の構成

普段みなさまが支払っている保険料は、営業保険料と呼ばれるものです。営業保険料は、将来の保険金支払いの原資となる純保険料と、事業費に充てられる付加保険料から構成されています。

先ほどの計算例でいうと、18,000円が営業保険料、9,800円が純保険料、8,200円が付加保険料です。

まとめ

  • 保険制度の運営には、事業費がかかる
  • アクチュアリーは事業費をα-β-γ方式でモデリングし、保険料に反映する
  • 保険契約者が支払う保険料は専門的には営業保険料とよばれ、純保険料と付加保険料から構成される