【アクチュアリーが解説】予定死亡率の作成方法

     

予定死亡率の作成方法

純保険料計算ツールに使用した予定死亡率の作成方法を説明します。

 

予定死亡率は純保険料を計算する上で欠かせない計算基礎率です。

この記事では、当サイトが提供している『純保険料計算ツールVer 1.0.0以降』で使用している予定死亡率の作成方法について説明します。

予定死亡率とは?

予定死亡率とは、保険料の計算で使う「年齢ごとの死亡する確率」のことです。

死亡保険では、死亡率が高いほど将来支払う保険金の期待値が大きくなるため、保険料は高くなります。

医療保険などの一部商品では、被保険者が死亡するとその後の給付がなくなる(=契約が終わる)ため、予定死亡率が高いほうが保険料は安くなります。

作成過程の概要

被保険者は多くの保険で医的査定(健康状態のチェック)を受けて加入するため、一般に国民全体より死亡率が低く出る傾向があります。このため、保険料計算には被保険者の経験に基づく死亡率を使うのが基本です。

そこで当サイトでは、被保険者の経験に基づく生保標準生命表2018(死亡保険用) を基礎に採用しました。標準生命表は保険会社が死亡保険の責任準備金を計算する際に使用する予定死亡率です。ただし、標準生命表は「そのまま使うと保守的すぎる(=実際の死亡率より高めにとっている)」要素と、作成年(2018年)までの死亡率変化しか取り込んでいない点に注意が必要です。そこで当サイトでは次の調整を行っています。

数学的危険論による補整の除外

標準生命表では、将来の変動リスクを見越して死亡率を上乗せする補整(安全割増/保守的な上乗せ)が行われます。これは保険会社の責任準備金の安全性を高めるための処置ですが、当サイトの「安全割増を含まない純粋な純保険料」を示す目的には合致しないため、この上乗せ分は除外して扱います。

死亡率改善の反映

標準生命表は作成に当たって一定期間の死亡率改善を取り込んでいますが、当サイトではさらに新しい国民統計の実績を反映し、標準表作成年(2018年)以降の改善も取り込んでいます(本稿執筆時点では 2010 年~ 2024 年までを反映)。

基礎データ

標準生命表は生命保険会社29社の実績の提供を受け、死亡率作成の基礎としています。

特徴

有診査 男女別

健康審査(診査)を受けた被保険者のデータを男女別に扱っています。

経過年数 30年以下

分析対象とする「加入後の経過年数」を最大30年までに制限しています(極端に古い経過年は対象外)。

観察年度 2008〜2009、2011

2008〜2009、2011の3観察年度を分析対象としています。2010観察年度は東日本大震災の影響が大きいため除外しています。

截断年数 最大10年間

加入直後の「選択効果」を取り除くため、加入後の数年間のデータを統計処理から除外します。除外する年数は年齢などで変えますが、上限は10年です。

若年齢・高年齢の取り扱い

若年層(男性は17歳以下、女性は27歳以下)は観察数が不足しているので、2005〜2011 観察年度(2010観察年度は除く)の有無診査合計を使い、より長い期間のデータで補強しています。

高年齢(81歳以上)も同じく観察数が不足しているので、2005〜2011 観察年度(2010観察年度は除く)の有診査のデータを使い、より長い期間のデータで補強しています。

生保標準生命表2018(死亡保険用)
男子 女子
観察年度 2008,2009,2011(3観察年度)
(男子17歳以下、女子27歳以下および男子81歳以上、女子81歳以上は
2005~2009,2011(6観察年度))
截断年数
截断年数 男子 女子
1年截断1歳~19歳1歳~4歳
2年截断20歳~24歳5歳~24歳
3年截断25歳~29歳25歳~29歳
4年截断30歳~34歳30歳~34歳
5年截断35歳~39歳
6年截断35歳~39歳
7年截断40歳~44歳40歳~44歳
8年截断45歳~49歳45歳~49歳
9年截断
10年截断50歳~50歳~
(0歳は初年度)
契約年度 経過年数30年以下
診査 17歳以下有無診査合計
18歳以上有診査
27歳以下有無診査合計
28歳以上有診査
経過件数 4,068万件 3,002万件
死亡件数 26.3万件 9.5万件

若年齢部分の補整

まず基礎データから年齢ごとの粗死亡率を計算します。粗死亡率は次の式で求めます。

粗死亡率 = 死亡件数 / 経過契約件数

※ 経過契約件数=その年に有効だった契約の合計件数

次に、この粗死亡率の「信頼性」を検証します。観察数が非常に少ない年齢帯では、偶然のばらつきが大きくなり、本当にその年齢の死亡率を反映しているとは言えません。そこで統計的な判定を行い、信頼性が低いと判断された若年年齢帯については、国の生命表(完全生命表)の値で置き換えます。具体的には、信頼性の基準に達しない若年齢(男性は12歳以下、女性は15歳以下)の死亡率を 第21回生命表(2010年) で代替しています。

死亡率改善率の反映

死亡率は時間とともに低下する傾向があり、これを「死亡率改善(improvement)」と呼びます。生命表を保険料計算に使う際には、過去の改善分を取り込む必要があります。

標準生命表は作成の際に過去の改善を一定期間反映しています。具体的には、作成当時に利用可能だったデータから、2010年〜2015年の改善率を男性で年率2.5%、女性で2.0%と推計して5年分を反映し、さらに2015年〜2018年の期間は社会保障・人口問題研究所の将来推計等を参考にして男女とも年率1.0%で3年分を反映しています。

当サイトでは、より新しい国の統計(簡易生命表)までの改善実績を反映するため、2010年〜2024年の平均的な年率改善を改めて推計し、これを14年間分(2010→2024の期間)反映しています。推計値は 男性 0.96%/年、女性 0.58%/年 です。これらは各年の死亡率に対して年ごとに掛け算で適用します(単利ではなく複利的に扱います)。なお、この推計値は2010年と2024年の簡易生命表の平均寿命を比較し、その差を一律の改善率で説明できるよう逆算して得たものです。

数学的危険論に基づく補整

本サイトでは、標準生命表に含まれる「数学的危険論に基づく補整(いわゆる安全割増)」は適用していません。当サイトの目的は「安全割増を含まない純保険料」を提示することにあるためです。

平滑化

基礎データは大規模ですが、「年齢ごとのばらつき(偶然変動)」は避けられません。たとえばある年齢で死亡が偶発的に多く出ると、その年齢だけ飛び抜けて死亡率が高く見えてしまい、保険料計算に使うには不安定です。こうした「ノイズ」を抑え、年齢ごとの連続した流れ(トレンド)を見やすくする作業を 平滑化(スムージング) と呼びます。

当サイトでは、年齢近傍の値を使って重み付け平均を取る方法の一つである Greville の 3次13項式 を用いて死亡率を平滑化しています。これは「各年齢の周り(前後それぞれ6歳ずつ、合計13年分)」の粗死亡率にあらかじめ定めた重みを掛けて合計する移動加重平均の一種で、短期的な乱高下を抑えつつ年齢による漸進的な変化を残す性質があります。

式は次のとおりです

$$q’_x = c_0 q_x + \sum_{i=1}^{6} c_i\,(q_{x+i} + q_{x-i})$$

ここで \(q_{x+i}\) は年齢 \(x+i\) の粗死亡率、係数 \(c_0, c_1, \dots, c_6\) は Greville によって定められた重みです。重みの合計は \(\displaystyle c_0 + 2\sum_{i=1}^6 c_i = 1\) となり、中心付近(年齢 \(x\) に近い値)に大きな重みが割り当てられるため「近い年齢ほど影響が大きい」設計になっています。

高齢者部分の補外

高齢になると「その年齢での観察件数(経過契約件数)」が急速に減るため、年齢別の死亡率をそのまま使うと偶発的なばらつきが大きくなります。そこで当サイトでは、高年齢部分(84歳以上)の死亡率を、経験値の代わりに数学的な近似式で推計した値に置き換えています。こうすることで、極端な上下動を避け、年齢とともに自然に増加する死亡率曲線を得られます。

採用しているのは、アクチュアリーで広く使われる Gompertz–Makehamの法則 です。死亡の「強さ」を年齢 \(x\) の関数として次のように表します。

$$\mu(x) = A + B e^{C x}$$

  • \(A\):年齢に依らない一定成分(外因的な死亡の寄与)
  • \(B e^{C x}\):年齢に伴って急激に増える成分(加齢に伴う死亡リスクの増加)

この「強さ」 \(\mu(x)\) を使って、1年間に死亡する確率 \(q_x\) は次の式で与えられます:

$$q_x = 1 – \exp\!\Big(-\int_0^{1}\mu(x+t)\,dt\Big)$$

Gompertz-makehamの法則のパラメータを男性 81歳-92歳、女性 81歳-94歳までの経験死亡率を用いて推計し、上の式を用いて年齢ごとの \(q_x\) に変換したうえで、84歳以上の経験死亡率をこのモデルで置き換えています。

標準生命表との比較

標準生命表と比較して、予定死亡率は78%~87%の水準となりました。これは、予定死亡率に安全割増を含んでいないことに起因しています。

予定死亡率から得られた平均寿命は男性 82.57歳、女性 88.15歳です。これは標準生命表から得られた平均寿命(男性 80.77歳、女性 86.56歳)より低いのはもちろんのこと、簡易生命表(2024年)から得られた平均寿命(男性 81.09歳、女性 87.12歳)と比べても低い水準にあります。