【アクチュアリーが解説】予定入院発生率の作成方法

     

予定入院発生率の作成方法

純保険料計算ツールに使用した予定入院発生率の作成方法を説明します。

予定入院発生率は医療保険の純保険料を計算する際に使用します。

この記事では、当サイトが提供している『純保険料計算ツールVer 1.0.3以降』で使用している予定入院発生率の作成方法について説明します。

予定入院発生率とは?

医療保険の保険料を正しく計算するには、被保険者がどの程度の確率で入院するのかを知る必要があります。これを表すのが「予定入院発生率」です。

予定入院発生率とは、保険料の計算で使う「年齢ごとに1年間に入院する回数の平均値」のことです。

生命保険における 予定死亡率 は、「ある年齢の人が1年間に亡くなる確率」ですが、予定入院発生率 は少し性質が異なります。

死亡は人生で一度しか起きませんが、入院は同じ人が1年間に複数回行うことがあります。したがって、予定入院発生率は「1人あたり、1年間で何回入院するか」という平均値として表現されます。

この入院の平均回数が高いほど、医療保険の給付も増えることになるため、保険料も高くなります。

作成過程の概要

当サイトでは、予定入院発生率の作成にあたって、国が実施する令和5年度 患者調査をもとにした基本値に、民間医療保険の商品設計に即した調整を加えています。以下にその内容を示します。

基本的な入院発生率の算出

まず、令和5年度患者調査における入院件数を、年齢群団別の推計人口で割って、1か月あたりの入院発生率を算出しました。これを年単位に変換したうえで、各年齢群団の中央値(代表年齢)ごとに整理し、年齢間は線形補間でなめらかにつないでいます。

ただし、患者調査は1か月間のサンプル調査です。そのため、単純に年間入院件数 = 患者調査における入院件数×12カ月とすると季節変動に起因する各月の患者数の変動を考慮できません。そこで、「病院報告」における新入院患者数を用いた補正を行っています。

また、民間医療保険では、給付の対象が「治療を目的とした入院」に限定されていることが多いため、次のような入院は集計から除外しています。

  • 単胎正常分娩
  • 先天奇形、変形および染色体異常
  • 健康状態に影響を及ぼす要因および保健サービスの利用

転院・再入院の調整

患者調査では、たとえば転院などにより1つの入院が複数件に分かれてカウントされることがあります。しかし、民間医療保険では転院や短期間の再入院(例:30日以内など)はひとつの入院として扱うことが一般的です。

そこで、調査データのうち入院前の過去30日以内に入院していた件数を除外することで、実態に近い形に調整しています。

また、1カ月を超える転院・再入院は数理モデルを使った推計により入院発生率の調整をしています。

選択効果の反映

医療保険では、加入時に健康状態の審査があることから、実際の契約者は国民全体よりも健康な人が多いと考えられます。これを「選択効果」と呼びます。

当サイトでは、生命保険で使われる標準生命表2018(死亡保険用)における選択効果(11保険年度以降)を参考に、入院発生率をやや低めに補正しています。

基礎データについて

予定入院発生率の算出には、令和5年度 患者調査(Z116、Z83)のデータを使用しています。

患者調査とは、厚生労働省が全国の病院・診療所を対象に実施する統計調査で、医療施設を利用した患者の傷病構成や入院・外来の実態を把握することを目的としています。

調査では、医療機関を利用した患者について「入院か外来か」「入院期間」「入院原因(疾病/傷害)」「過去の入院歴」などが記録されます。これにより、年齢別・性別・傷病別の入院件数を取得できます。

令和5年度調査では、9月1日~30日までの1か月間に退院した患者を調査対象としています。

 

本分析では「入院件数」を「退院患者数」と同一とみなしています。これは、入院と退院が長期的には均衡しており、患者数が大きく増減しない定常状態にあると仮定しているためです。実際には、調査期間中に入院して退院していない患者や、前期間から入院が継続している患者も存在しますが、この仮定のもとで退院患者数を入院件数の近似値として利用しています。

このようにして取得された入院件数を、年齢群団別の推計人口で割ることで、各年齢の“入院発生率”を推定するための基礎としています。

代表年齢の設定

患者調査では、年齢を1歳ごとではなく、複数歳をまとめた「年齢群団」単位で統計が公表されています。 たとえば「5~9歳」「10~14歳」といったように、数歳ごとにグループ分けされているのが特徴です。

そのため、本サイトでは各年齢群団に対して「代表年齢(=その群団を代表する1つの年齢)」を設定し、該当する群団の入院発生率をその代表年齢に対応するものとして扱います。 この処理によって、年齢ごとのなめらかな入院発生率を推定できるようになります。

年齢群団 代表年齢
0歳0
1~4歳2
5~9歳7
10~14歳12
15~19歳17
20~24歳22
25~29歳27
30~34歳32
35~39歳37
40~44歳42
45~49歳47
50~54歳52
55~59歳57
60~64歳62
65~69歳67
70~74歳72
75~79歳77
80~84歳82
85~89歳87
90歳以上92

粗入院発生率の算出

予定入院発生率を求めるにあたって、まずは国民全体における「粗入院発生率」を集計します。これは、特定の年齢・性別における1か月あたりの平均入院回数を示す数値です。

入院件数の集計

令和5年度の患者調査から、男女・代表年齢ごとの入院件数を集計します。ただし、民間医療保険では給付の対象外となる入院もあるため、以下のような入院件数は除外します。

  • 単胎正常分娩
  • 先天奇形、変形および染色体異常による入院
  • 健康状態に影響を及ぼす要因および保健サービスの利用

粗発生率(月単位)の算出

次に、上で求めた入院件数を、同じ年齢群団の推計人口で割ることで、粗入院発生率(月単位)を求めます。

ここで注意すべき点は、患者調査の入院件数は「1か月間に退院した患者の延べ人数」であるという点です。したがって、この発生率は「1か月間に平均で何回入院が発生するか」を示す数値になります。

年単位への換算

保険料の計算に使うには、入院発生率を年単位に換算する必要があります。単純な方法としては、月単位の粗発生率を12倍する方法がありますが、この方法では季節性や一時的な変動の影響を受けやすいという問題があります。

そこで、本サイトでは厚生労働省「病院報告」における年間の新入院患者数を活用し、以下のような補正を加えています。

年間の入院発生率は次の式で求めます:

\[ \text{入院発生率(年)} = \text{入院発生率(月)} \times \text{(病院報告の入院総数 ÷ 患者調査の入院総数)} \]

このようにすることで、より実態に近い年単位の入院発生率を得ることができます。

なお、病院報告の入院総数は15,585,034件、患者調査の入院総数は1,387千件です。

転院・再入院の調整

民間医療保険は、退院後X日以内の再入院は前回の入院と同一の入院とみなす約款上の規定が設けられています。この期間(X日)を入院通算期間と呼びます。患者調査の退院患者数は転院・再入院も1つと数えているため、退院件数は過大となっており、補正の必要があります。

ここでは30日以内の転院・再入院と、30日超の転院・再入院に分けて、次のような方法で補正を行いました。

30日以内の入院

患者調査(Z83)から過去の入院歴を取得します。そして、男女・年齢群団ごとに「過去30日以内に入院あり」となっている割合(=Z)を算出します。

30日超の入院

入院発生率をqとし、また入院発生がポアソン過程に従う場合、t~t+Δtの間に入院が1件以上発生する確率は、

\[ \begin{aligned} Pr(N(t+\Delta t)-N(t) \geq 1) = 1 – exp(-q\times \Delta t) \end{aligned} \]

となります。

補正方法

補正前の入院発生率をq、過去30日以内の再入院割合をZ、入院通算期間をXとしたとき、補正後の入院発生率q’は次のとおりです。

\[ \begin{aligned} q’ = q \times (1 – Z) – q\times \Big(1 – exp(-q\times \frac{X-30}{365}) \Big) \end{aligned} \]

選択効果の反映

民間医療保険に加入する人は健康診査を受けて加入すること、また日本では健康意識の高い人ほど民間医療保険に加入する傾向があることから、国民全体の入院発生率よりも保険加入者の入院発生率の方が小さくなると考えられます。

民間医療保険において実際にどの程度の選択効果が生じるかは明らかではありませんが、本分析では死亡保険と同程度の選択効果が生じるものと仮定しました。具体的には、生保標準生命表2018(死亡保険用)において観察された男女別・年齢群団別・保険年度別の選択効果のうち、11保険年度以降の水準を参照しました。(選択効果の上限は100%。つまり、選択効果反映後の入院発生率は必ず反映前の入院発生率より小さくなる。)

ただし、医療保険の場合、単純に 「補正後入院発生率 = 入院発生率 × 選択効果」 とするのは不十分です。死亡保険と異なり、入院は1人が複数回発生することがあり、高リスク者を排除する効果は死亡保険以上に大きくなるためです。

そこで本分析では、「1年間に少なくとも1回入院する確率」に対して選択効果を乗じ、その値が選択後の「少なくとも1回入院する確率」になると仮定しました。その結果、補正後のパラメータは以下のように計算されます。

数式表現

1年間に少なくとも1回入院する確率は

\[ P(X \geq 1) = 1-e^{-\lambda} \]

選択効果を \(R\) とすると、選択後に少なくとも1回入院する確率は

\[ P'(X \geq 1) = R \times (1-e^{-\lambda}). \]

一方で、補正後パラメータ \((\lambda’)\) を用いると

\[ P'(X \geq 1) = 1-e^{-\lambda’} \]

したがって、

\[ \begin{aligned} 1-e^{-\lambda’} &= R \times \Big(1-e^{-\lambda}\Big)\\ \Rightarrow \lambda’ &= -LN\Big(1 – R \times (1-e^{-\lambda}) \Big) \end{aligned} \]

線形補間と線形補外

代表年齢以外の年齢における入院発生率を線形補間・線形補外により求めました。

補間(線形補間)

補間とは、既に分かっている年齢 A と年齢 B の値を直線で結び、その直線上の点を使って A と B の間の値を推定する方法です。例えば代表年齢が \(a\) と \(b\)、対応する値が \(x_a, x_b\) のとき、年齢 \(x\)の値は次で与えます。

\[ q_{(x)} = x_a + (x_b – x_a)\frac{x – a}{b – a}. \]

補外(線形補外)

補外とは、既知データの範囲の外側を、範囲内の直近2点の傾きで延長して埋める方法です。既知点が \( (a, x_a) \) と \( (b, x_b) \)で、これより外側の点 \(y>b\) の値は次のように計算します。

\[ q_{(y)} = x_b + \frac{x_b-x_a}{b-a}\cdot (y-b). \]

留意点

予定入院発生率の作成にあたっては、利用可能なデータの範囲で最善を尽くしましたが、以下のような課題が残っています。

  • 患者調査は1か月間のデータに基づいており、疾病ごとの患者数には季節変動の影響が反映されていません。
  • 死亡保険と医療保険では、医的診査の方法を含め商品設計が大きく異なるにもかかわらず、本分析では同一の選択効果を用いています。

計算結果

図は入院通算期間が60日の場合における予定入院発生率を表示したものです。