【アクチュアリーが解説】先進医療保険の保険料はどれだけ給付に使われる?先進医療の基礎から加入における注意点まで詳しく解説

     

先進医療保険の保険料はどれだけ給付に使われる?先進医療の基礎から加入における注意点まで詳しく解説

先進医療とは何かという基本的内容から始めて、過去の実績分析や純保険料、給付率などもアクチュアリー視点でわかりやすく紹介し、先進医療保険のコスパを検証します。

保険は助け合いの仕組みですが、「支払った保険料のうち、自分(または家族)のためにどれだけ使われるのか」は誰でも気になる点です。この記事では、当サイトが定義した指標「給付率」を使って、先進医療保険の“中身”を分かりやすく説明します。

先進医療とは? 〜「自由診療」とは違う、“公的保険の使える新しい医療”〜

病気の治療を受けるとき、「公的医療保険が使えるかどうか」は、患者にとって非常に重要なポイントです。 通常、みなさまが病院にかかった場合、保険診療の範囲内であれば自己負担は1~3割で済みます。しかし、自由診療では公的保険が一切使えず、治療費のすべてを自費で負担しなければなりません。

一方の先進医療は、保険診療と自由診療のちょうど中間に位置づけられる制度です。 国(厚生労働大臣)が「将来の保険適用を検討する価値がある」と認めた新しい医療技術に限り、 通常の保険診療と組み合わせて受けることができる仕組みです。

  • 先進医療にかかる費用(技術料) → 公的保険の対象外で、全額自己負担
  • それ以外の部分(診察・検査・投薬・入院など) → 公的保険の対象で、自己負担は1〜3割

つまり、自由診療のように全額自己負担になるわけではないため、経済的な負担を抑えつつ新しい医療を受けられる可能性があります。これが「先進医療制度」の大きな特徴です。

例)総医療費が100万円で「先進医療費が20万円」だった場合:先進医療費20万円は患者が全額負担します。残りの80万円は保険診療分として公的医療保険が適用され、患者は所定の自己負担(例:3割)を支払います。なお、高額療養費制度は保険診療に係る自己負担に対しては適用されますが、先進医療に係る技術料そのものは対象外です(=先進医療分は高額療養費で払い戻されません)。

どんな医療が「先進医療」になるのか

代表的な例としては、陽子線治療・重粒子線治療、特定の遺伝子検査、新しい手術法、一部のがん治療や特殊な内視鏡技術などがあります。 先進医療制度の目的は、こうした新しい医療技術の効果や安全性を評価し、将来的に公的保険へ組み入れるかどうかを判断することにあります。 評価が完了すると、公的保険に採用されるか否かが判断され、いずれの場合も先進医療制度の対象からは外れることになります。 そのため、先進医療制度の対象技術は随時入れ替わっていく点に注意が必要です。

先進医療給付の支払われ方

先進医療保険は医療保険の特約として付帯されます。

通常、民間の医療保険では「入院1日につき1万円」や「手術1回につき10万円」といった、あらかじめ定められた金額が支払われる定額給付型が一般的です。 しかし、先進医療特約はそれとは異なり、実際にかかった費用に応じて給付金が支払われます。

具体的には、患者が医療機関に支払った先進医療技術料と同額が給付金として支払われる仕組みです。 つまり、先進医療特約は「実費保障型」の商品といえます。

先進医療の中には、1回の治療で数百万円の技術料がかかるケースもありますが、先進医療特約に加入していれば、その金額が給付されるため、実質的に自己負担をゼロにすることも可能です。 これが、通常の医療保険(定額給付型)と先進医療特約(実費保障型)の大きな違いです。

先進医療保険がおすすめの人

先進医療特約は、比較的わずかな保険料で「高額になりやすい先進医療費(技術料)」をカバーできる特約です。 加入するかどうかは、医療費への備え方や価値観によって異なりますが、以下のような人には特におすすめです。

高額治療による負担を避けたい人

陽子線治療や重粒子線治療など、一部の先進医療は数百万円単位の費用がかかることがあります。 高額療養費制度ではこの「技術料」は対象外となるため、先進医療特約に加入していないと全額自己負担になります。 高額な出費に備えたい人にとって、先進医療特約はリスク軽減の有効な手段です。

がん治療に備えたい人

先進医療の多くは、がん治療に関するものです。 放射線治療や遺伝子検査、免疫療法など、がん治療の最前線で使われている技術が対象となることが多いため、がんに対する備えを重視する人に適しています。 がん保険に先進医療特約を付けるケースも一般的です。

新しい治療法にもアクセスしたい人

先進医療制度は、まだ保険適用前の新しい技術を試験的に導入する仕組みです。 「最新の医療を受けられる可能性を確保しておきたい」という方にとって、先進医療特約は選択肢を広げる保障といえます。 たとえば、将来の標準治療になるかもしれない技術を早期に受けられることもあります。

先進医療特約を実際に使うことは滅多にありませんが、その分、保険料は月数十円〜100円程度とごくわずかです。 「万一のときに大きな助けになる保障」として、コストを抑えつつ医療保障を厚くしたい人にとって、検討する価値の高い特約といえるでしょう。

先進医療特約の給付率

「給付率」は、営業保険料(=実際に契約者が支払う保険料)に対する、“真の純保険料”の割合を指します。

給付率 =真の純保険料÷営業保険料

ここでいう「真の純保険料」は、将来の先進医療給付に対する期待支払だけを指し、募集手数料や事務費、保険会社の設定する安全割増(利益部分)など保険会社の経費・利益を除いた金額です。

給付率は「支払った保険料のうち何%が純粋に保障のために使われるか」を示す指標です。 給付率をみれば、支払った保険料のうち どれだけが将来の先進医療給付金支払のために使われるか がわかります。

計算前提

先進医療給付は、当サイトが開発した純保険料計算ツールには実装されていません。その理由は、年齢別の給付発生率を推計することが極めて困難であるためです。

そこで本記事では、厚生労働省が公表している先進医療会議の報告書(2008〜2024年)をもとに、国民全体における過去の実績を分析します。

実績の分析に入る前に、先に注意点を述べます。先進医療会議の報告書は、毎年7月から翌年6月までの先進医療制度の実績をまとめたものです。この報告書には、先進医療の対象となっている各技術について、1年間の実施件数や技術料総額(患者が自己負担する金額)などが記載されています。

注意すべきは、この報告書に掲載されているのが「各年6月末時点で先進医療制度の対象となっている技術のみ」である点です。たとえば、2009年5月に先進医療の対象から外れた技術は、2008年7月〜2009年6月の実績報告には掲載されません。つまり、2008年7月から2009年5月までその技術が先進医療の対象であったとしても、その期間の実績は報告書上に現れないことになります。したがって、次のセクション以降で示す“実績”は、本来の実績よりもやや過少に示されている点に留意が必要です。

過去の実績

評価年 技術料(円) 実施件数
200810,741,253,26220,013
20097,778,386,9409,775
20109,813,210,35914,503
20119,997,477,91414,479
201213,293,141,41220,665
201317,373,286,70623,925
201420,509,802,12928,153
201518,423,216,85024,780
201620,713,778,34132,984
201724,004,552,86328,539
201829,754,784,85039,178
20196,173,929,7395,459
20206,188,926,8625,843
20216,674,132,18026,556
202210,118,778,546144,281
202311,946,990,452177,269
平均13,969,103,08838,525

この表は、各評価年における先進医療の技術料総額実施件数を示したものです。評価年とは、例えば2008年の場合「2008年7月1日から2009年6月30日までの1年間」を指します。

表からは、2008年から2018年にかけて技術料総額が年々増加し、ピーク時には約298億円に達していることがわかります。この急増の主因は、白内障治療の一種である多焦点眼内レンズを用いた水晶体再建術です。2019年にこの技術が先進医療の対象から外れると、技術料総額は一時的に大きく減少しました。

しかし、直近の2年間では再び技術料総額が急増しています。これは、不妊治療関連技術が2022年に相次いで先進医療の対象となったことが主な要因です。このように、先進医療の技術料総額には、対象技術の追加や除外による明確なトレンドが見られます。

全期間(2008~2023年)の平均技術料総額は年間約140億円です。これを日本の総人口およそ1億2,000万人で割ると、1人あたり年間116円(1か月あたり約10円)となります。この金額が、安全割増や事務費などを含まない「純保険料」とみなせます。

一方で、民間保険会社の販売する先進医療保険の保険料は、例えばメットライフ生命の場合、月額114円(性別・年齢にかかわらず一律、2025年10月7日取得時点)です。したがって、給付率は約8.5%に相当します。ピーク時の2018年における純保険料(年額248円)を用いても、給付率は約18.1%にとどまり、定期保険・終身保険・医療保険と比べても格段に低い水準といえます。

もっとも、この試算はあくまで「国民全体」を母集団としており、実際の被保険者集団とは傾向が異なる可能性があります。先進医療保険の加入者は、自己負担が軽減されることで先進医療を選択しやすくなるため、実際の給付発生率はやや高くなるかもしれません。

それでも、報告書の集計方法や被保険者集団の特性を考慮しても、先進医療保険の給付率は他の保険種類に比べて著しく低いと推定されます。

多焦点眼内レンズを用いた水晶体再建術

評価年 技術料(円) 実施件数
200836,923,536696
20091,122,575,0212,159
20101,651,783,7483,187
20112,019,278,8574,023
20122,693,098,5815,248
20133,582,299,0567,026
20145,286,352,4659,877
20156,366,925,51011,478
20168,388,800,52914,433
201715,661,491,06023,859
201822,979,323,91733,868

ピークである2018年には水晶体再建術の技術料が技術料総額の77.2%を占めています。

不妊治療関連技術

評価年 技術料(円) 実施件数
20201,786,47041
2021732,986,58721,407
20225,935,541,981139,793
20237,739,972,146173,335

直近2023年には不妊治療関連技術の技術料が技術料総額の64.8%を占めています。不妊治療関連技術の多くは現在も評価継続中のため、この割合は今後も増加する可能性があります。

  • 流産検体を用いた染色体検査
  • 流死産検体を用いた遺伝子検査
  • タイムラプス撮像法による受精卵・胚培養
  • ヒアルロン酸を用いた生理学的精子選択術
  • 強拡大顕微鏡を用いた形態学的精子選択術
  • 膜構造を用いた生理学的精子選択術
  • 子宮内細菌叢検査
  • 子宮内膜擦過術
  • 子宮内膜刺激術
  • 子宮内膜受容能検査
  • 二段階胚移植術
  • タクロリムス経口投与療法不妊症
  • 着床前胚異数性検査不妊症

先進医療特約の給付率が低い理由

先進医療特約の給付率は、他の保険種類と比べても格段に低く、およそ10%程度しかありません。つまり、支払った保険料のうち平均して10%ほどしか給付として戻ってこないということです。では、なぜこれほどまでに給付率が低いのでしょうか。

主な理由は、保険会社にとってリスクが非常に大きいからです。保険会社は通常、過去の実績データを分析して保険料を設定します。たとえば死亡保険であれば、100万人の被保険者のうち1,000人が死亡したという実績に基づき、予定死亡率を粗死亡率 0.10%(=1,000人 / 100万人)に安全割増を加えて0.15%と設定する――といった要領です。

しかし、先進医療特約ではこのような分析がほとんど通用しません。なぜなら、先進医療の対象となる技術が頻繁に入れ替わるためです。どれだけ過去のデータを精緻に分析しても、水晶体再建術のように「患者の多い技術」「単価の高い技術」が新たに先進医療の対象となれば、給付発生率は一気に上昇します。つまり、将来の発生状況を予測することが極めて困難なのです。

このような不確実性を吸収するためには、大きなリスクバッファー(安全割増)を保険料に上乗せする必要があり、その結果として給付率は低くなってしまいます。

保険会社としても、このような高リスクの保障は本来であれば積極的に引き受けたいものではないと考えられます。実際、先進医療特約で大きな利益を上げようとしている保険会社を聞いたことがありません。一方で、先進医療特約は医療保険の特約として広く定着しており、その販売を完全に停止することは難しいのが現状だと思われます。

加入を検討している方へのアドバイス

給付率が低いことを理解したうえで加入する

先進医療保険に加入した場合、支払った保険料に対して平均して戻ってくる給付金は非常に少ないのが実情です。それでも、将来的に高額な治療費を要する先進医療を受ける可能性がある点に、この保険の存在意義があります。たとえば、陽子線治療や重粒子線治療といった比較的実施件数の多い技術では、1回あたり約300万円の技術料負担が発生します。さらに、実施件数は限られるものの、周術期デュルバルマブ静脈内投与療法(肺尖部胸壁浸潤がん)では、1回あたりおよそ828万円の技術料がかかります。

技術名 実施件数 技術料総額(円) 技術料単価(円)
周術期デュルバルマブ静脈内投与療法65538,511,3678,284,790
重粒子線治療16,35648,361,374,9432,956,797
陽子線治療26,13768,072,483,2972,604,449

このように、高額な治療費という不確実なリスクを保険会社に移転できる一方で、そのリスク移転のコスト(=保険料)は極めて高いという特徴があります。したがって、この点を十分に理解したうえで、先進医療特約を付加するかどうかを判断することが重要です。

評価期間が短いことを理解する

先進医療の対象となった技術は、科学的な安全性や有効性が確認されると、公的医療への組み入れ可否が審査されます。その結果にかかわらず、評価が終了した技術は先進医療の対象から外れます。上のグラフは、2008年7月以降に先進医療の対象となった224件の技術について、その評価期間を示したものです。赤い棒は2024年6月30日時点で評価が終了した技術、青い棒は同日時点で評価中の技術を表しています。評価期間が指数分布に従うと仮定し、最尤推定によって平均を求めたところ、およそ6.7年でした。

つまり、現在先進医療の対象となっている技術を受ける可能性を想定して保険に加入しても、平均的には約6〜7年で評価が終了してしまいます。あなたが実際に治療を受けたいと思ったときには、その技術がすでに先進医療の対象から外れていることもあり得ます。こうしたリスクを理解したうえで、先進医療特約を付加するかどうかを検討することが重要です。

ご自身の年齢を考慮する

保険会社によっては、年齢にかかわらず一律の特約保険料を設定しているケースもあります。この場合、陽子線治療や重粒子線治療など、がん治療を中心に備えたい方にとっては、年齢によって保険料の負担感が大きく異なります。

特に、がん罹患率が比較的低い若年層では、このサイトで行った試算よりも実際の保険料が割高になる可能性があります。一方で、がん罹患リスクが高まる中高年層にとっては、加入を検討する価値が十分にあるといえるでしょう。

まとめ

  • 先進医療特約は高額な治療費リスクを保険会社に移転できる一方で、そのコストは非常に高い。
  • 評価期間が平均して6〜7年であるため、実際に治療を受けたいと思ったときには、その技術がすでに先進医療の対象から外れている可能性がある。
  • ご自身の年齢を踏まえて、先進医療特約を付帯するかどうか判断する必要がある。

先進医療特約は、医療保険に加入する際に「付帯しない」と自ら選択しない限り、自動的に付帯される(オプトアウト)方式で販売している保険会社も少なくありません。しかし、その給付率は低く、リスク移転コストは割高です。ご自身の年齢やリスクに対する考え方を踏まえ、特約を付加するかどうかを慎重に判断することが大切です。

付録:最尤推定法による評価期間の推定

本節では、先進医療技術の評価期間が指数分布に従うと仮定し、最尤推定法(Maximum Likelihood Estimation; MLE)を用いて平均評価期間を推定する方法を示します。ここでのポイントは、すべての技術の評価が終了しているわけではなく、一部は観測打ち切り(右打ち切り)データであるという点です。

モデルの仮定

評価期間 \( t \) が指数分布に従うと仮定します。その確率密度関数は次式で表されます。

\[ f(t; \lambda) = \lambda e^{-\lambda t}, \quad (t \ge 0) \]

このとき、平均評価期間は \( 1/\lambda \) です。

尤度関数の構築

2024年6月30日時点で「評価が終了した技術」と「評価が継続中の技術」が存在します。 それぞれについて、観測値 \( T_i \)(経過年数)を用いると以下のように尤度を定義できます。

評価終了(観測値が確定)している場合:

\[ f(T_i; \lambda) = \lambda e^{-\lambda T_i} \]

評価継続中(右打ち切り)の場合:

\[ S(T_i; \lambda) = \int_{T_i}^{\infty} \lambda e^{-\lambda t} dt = e^{-\lambda T_i} \]

よって、全データに対する尤度関数 \( L(\lambda) \) は次のように書けます。

\[ L(\lambda) = \prod_{i \in \text{終了}} \lambda e^{-\lambda T_i} \times \prod_{j \in \text{継続}} e^{-\lambda T_j} \]

対数尤度関数

尤度関数の対数を取ると、

\[ \log L(\lambda) = n \log \lambda – \lambda \sum_{i \in \text{全体}} T_i \]

ここで、\( n \) は「評価が終了した技術の数」、 \(\sum_{i \in \text{全体}} T_i\) は「全技術(終了+継続)の経過年数の合計」です。

最尤推定量

尤度を最大化するために、\(\lambda\) で偏微分して 0 とおきます。

\[ \frac{\partial}{\partial \lambda} \log L(\lambda) = \frac{n}{\lambda} – \sum_{i \in \text{全体}} T_i = 0 \]

よって、最尤推定量 \(\hat{\lambda}\) は次式で与えられます。

\[ \hat{\lambda} = \frac{n}{\sum_{i \in \text{全体}} T_i} \]

このとき、平均評価期間の推定値は

\[ \frac{1}{\hat{\lambda}} = \frac{\sum_{i \in \text{全体}} T_i}{n} \]
です。

実務的補正

報告書においてある技術が最後に現れた時点と実際に「評価終了」した時点までは平均して半年間のタイムラグがあると考えられます。 したがって、この遅れを考慮して推定値を次のように補正します。

\[ \hat{\lambda}’ = \frac{n}{\sum_{i \in \text{全体}} T_i + 0.5n} \]

すなわち、平均評価期間の補正推定値は次式で与えられます。

\[ \frac{1}{\hat{\lambda}’} = \frac{\sum_{i \in \text{全体}} T_i + 0.5n}{n} \]

このように、右打ち切りデータを含む指数分布モデルに対しても、 最尤推定法を用いることでシンプルかつ直感的に平均評価期間を推定できます。